05 Feb 10

ただ、一灯を頼め!!

支配人の個人日記

昨日に続いて、本日も
いつもサービスの発想法について
ご指導いただいている
コンサルタントの 小柳剛照先生
ブログのお話を紹介させてください。
相変わらず、先生の話は勉強になります。

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節分といえば、豆をまいて食べるのが風習だったのに、
いつの間にか『恵方巻き』が定番になりつつある。
たぶん、西南西を向いてもくもくと太巻きを食べた人が、
全国に数千万人いることだろう。
そして、まもなくバレンタインデー。
本来は、女性から男性にチョコを贈る習慣だったけど、
次第に、職場やクラスで配る、義理チョコが主流になり、
今では、異性相手にこだわらない、友チョコが普通。
自分自身に“プレゼント”する人も珍しくない。
文化は変遷することを、痛感する。

さて。バレンタインにプレゼントを贈る習慣は、
ローマ時代には、もう始まっていたといわれる。
日本では、最初にバレンタインデーの広告を出したのは、
昭和11年のモロゾフだそうだ。
ただ、もともとそういう風習になじみはないし、
戦争の匂いが強くなる時期だったので、
愛する人にチョコを贈る、なんていう、
優雅なブームが起きるはずもなかった。

そして、戦後。1958(昭和33)年に、メリーチョコレートが、
新宿伊勢丹で、キャンペーンセールを実施した。
おそらくこれが、日本にバレンタインデーが
根付くきっかけだったろう。
とはいっても、飛ぶように売れたわけではない。
その年の販売額は、売れたチョコレートは、わずか5個。
売上額は、たった170円だったという。
しかし、年々、徐々にバレンタインが知られ、
周囲にチョコを買う人が増えてくると、
自分だけ取り残されたくない、と思うのが人情。
「バレンタインデー = チョコ」
という連想がインプットされてしまえば、
2月はチョコが、年間で一番売れる月になった。
アイフォンやアイポッドのように、
発売時から行列ができるヒット商品もある。
でも、バレンタインのチョコのように、
最初はまったく売れなかった商品を、
我慢して毎年売り続けているうちに、
次第に右肩上がりの売れ行きに変わるものもある。

東日本では、ほとんどの人が知らなかった恵方巻きも、
毎年、毎年、ニュースで目にしているうちに、
自然と売上が向上してきた、といえる。
つまり。商品をヒットさせたいと思い、
売り出したはいいけど、さっぱり人気が出ない時。
「やっぱりこれは売れない。
 じゃ、これをやめて、別の商品に変えよう」
と考える経営者は多い。
でも、ひょっとしたら、もう少し辛抱していれば、
売れるようになったかもしれない、ということ。
もちろん、絶対売れない、ダメ商品もある。
でも、ほんとうにいい商品を、我慢して売り続ければ、
いつか花咲く事例もある。『バスクリン』などは、
売れるようになるまでに、数十年もかかったのだから。

先が見えない道を進むのは恐い。
いくら進んでも、未来への扉は待っていないのかもしれない。
だからといって、進むのをやめれば、
未来への扉にたどりつくことは不可能になる。
消費不況の昨今、そういう傾向は、さらに強くなっている。
結局、成功に至るための極めて大きなカギは、
自身の『信念』というところにあるのだろう。

んーん。。ホント。良い話です。
ちなみに、私の好きな言葉は、
江戸時代後期の 陽明学者・佐藤一斎の言葉です。

「一灯を提げて暗夜を行く、暗夜を憂うなかれ、
ただ、一灯を頼め」です。

最近、急に老眼が進んで
本を読むのが億劫になったのですが、
今、読んでいる本です。

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「NASAより宇宙に近い町工場」 植松努・著

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